り暗い処で姿が消えたが、静々と、十畳の広室《ひろま》に顕《あらわ》れると、二室《ふたま》越|二重《ふたえ》の襖、いずれも一枚開けたままで、玄関の傍《わき》なるそれも六畳、長火鉢にかんかんと、大形の台洋燈《だいランプ》がついてるので、あかりは青畳の上を辷《すべ》って、お若の冷たそうな、爪先《つまさき》が、そこにもちらちらと雪の散るよう、足袋は脱いでいた。
 この灯《あかり》がさしたので、お若は半身を暗がりに、少し伸上るようにして透《すか》して見ると、火鉢には真鍮《しんちゅう》の大薬鑵《おおやかん》が懸《かか》って、も一ツ小鍋《こなべ》をかけたまま、お杉は行儀よく坐って、艶々《つやつや》しく結った円髷《まるまげ》の、その斑布《ばらふ》の櫛《くし》をまともに見せて、身動きもせずに仮睡《いねむり》をしている。
 差覗《さしのぞ》いてすっと身を引き、しばらく物音もさせなかったが、やがてばったり、抱えてたものを畳に落して、陰々として忍泣《しのびなき》の声がした。
 しばらくすると、密《そっ》とまたその着物を取り上げて、一ツずつ壁の際なる衣桁《いこう》の亙《わたし》。
 お若は力なげに洋袴《ずぼん》
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