遊女《おいらん》がお帰しなすったんですねえ、酷《ひど》いッたらないじゃアありませんか、ねえお若さん。あら、どうも飛《とん》でもない、火をお吹きなすっちゃあ不可《いけ》ません、飛でもない。」
 と什麼《そもさん》こうすりゃ何とまあ? 花の唇がたちまち変じて、鳥の嘴《くちばし》にでも化けるような、部屋働の驚き方。お若は美しい眉を顰《ひそ》めて、澄《すま》して、雪のような頬を火鉢のふちに押《おし》つけながら、
「消炭を取っておいで、」
「唯今《ただいま》何します、どうも、貴下御免なさいましよ。主人が留守だもんですから、少姐《ねえ》さんのお部屋でついお心易立《こころやすだて》にお炬燵《こた》を拝借して、続物を読んで頂いておりました処が、」
「つい眠くなったじゃあないか、」とお若は莞爾《にっこり》する。
「それでも今夜のように、ふらふら睡気《ねむけ》のさすったらないのでございますもの。」
「お極《きまり》だわ。」
「可哀相《かわいそう》に、いいえ、それでも、全く、貴下が戸をお叩き遊ばしたのは、現《うつつ》でございましたの。」
「私もうとうとしていたから、どんなにお待ちなすったか知れないねえ。ほん
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