イと立ってばたばたと見えなくなった。
客は手持無沙汰《てもちぶさた》、お杉も為《せ》ん術《すべ》を心得ず。とばかりありて、次の室《ま》の襖越《ふすまごし》に、勿体らしい澄《すま》したものいい。
「杉や、長火鉢の処じゃあ失礼かい。」
十六
「いいえ、貴下《あなた》失礼でございますが、別にお座敷へ何いたしますと、寒うございますから。そしてこれをお羽織んなさいまし、気味が悪いことはございません、仕立《したて》ましたばかりでございます。」と裏返しか、新調か、知らず筋糸のついたままなる、結城《ゆうき》の棒縞《ぼうじま》の寝《ねん》ね子《こ》半纏《ばんてん》。被《き》せられるのを、
「何、そんな、」とかえって剪賊《おいはぎ》に出逢ったように、肩を捻《ねじ》るほどなおすべりの可《い》い花色裏。雪まぶれの外套を脱いだ寒そうで傷々《いたいた》しい、背《うしろ》から苦もなくすらりと被《かぶ》せたので、洋服の上にこの広袖《どてら》で、長火鉢の前に胡坐《あぐら》したが、大黒屋|惣六《そうろく》に肖《に》て否《ひ》なるもの、S. DAIKOKUYA という風情である。
「どうしてこんな晩に、
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