のは、雪の風情でなく、花の色でなく、お杉がさした本斑布《ほんばらふ》の櫛《くし》でもない。濃いお納戸地に柳立枠《やなぎたてわく》の、小紋縮緬《こもんちりめん》の羽織を着て、下着は知らず、黒繻子《くろじゅす》の襟をかけた縞《しま》縮緬の着物という、寮のお若が派手姿と、障子に片手をかけながら、身をそむけて立った脇あけをこぼるる襦袢《じゅばん》と、指に輝く指環《ゆびわ》とであった。
 部屋|働《ばたらき》のお杉は円髷《まるまげ》の頭《かしら》を下げ、
「どうぞ、貴下《あなた》、」
「それでは、」と身を進めて、さすがに堪え難うしてか、飛込む勢《いきおい》。中折《なかおれ》の帽子を目深《まぶか》に、洋服の上へ着込んだ外套の色の、黒いがちらちらとするばかり、しッくい叩きの土間も、研出《とぎだ》したような沓脱石《くつぬぎいし》も、一面に雪紛々。
「大変でございますこと、」とお杉が思わず、さもいたわるように言ったのを聞くと、吻《ほっ》とする呼吸《いき》をついて、
「ああ、乱暴だ。失礼。」と身震《みぶるい》して、とんとんと軽く靴を踏み、中折を取ると柔かに乱れかかる額髪を払って、色の白い耳のあたりを拭《ぬ
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