謂《い》わぬ、お題目を唱えて進ぜなせえ。
 つい話で遅くなった。やっとこさと、今日はもう箕の輪へだけ廻るとしよう。」と謂うだけのことを謂って、作平は早や腰を延《の》そうとする。
 トタンにがらがらと腕車《くるま》が一台、目の前へ顕《あらわ》れて、人通《ひとどおり》の中を曵《ひ》いて通る時、地響《じひびき》がして土間ぐるみ五助の体《たい》はぶるぶると胴震《どうぶるい》。
「ほう、」といって、俯向《うつむ》いていたぼんやりの顔を上げると、目金をはずして、
「作平さん、お前は怨《うらみ》だぜ、そうでなくッてさえ、今日はお極《きま》りのお客様が無けりゃ可《い》いが、と朝から父親《おやじ》の精進日ぐらいな気がしているから、有体《ありてい》の処腹の中《うち》じゃお題目だ。
 唱えて進ぜなせえは聞えたけれど、お前《めえ》、言種《いいぐさ》に事を欠いて、私《わし》が許《とこ》をかかり合《あい》は、大《おおき》に打てらあ。いや、もうてっきり疑いなし、毛頭違いなし、お旗本のお嬢さん、どうして堪《たま》るものか。話のようじゃあ念が残らねえでよ、七代までは祟《たた》ります、むむ祟るとも。
 串戯《じょうだん》
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