》色の濃く、鮮《あざや》かに見えたのは、屋根越に遠く見ゆる紅梅の花で、二上屋の寮の西向の硝子《がらす》窓へ、たらたらと流るるごとく、横雲の切目《きれめ》からとばかりの間、夕陽が映じたのである。
 剃刀の刃は手許《てもと》の暗い中に、青光三寸、颯々《さつさつ》と音をなして、骨をも切るよう皮を辷《すべ》った。
「これだからな、自慢じゃあねえが悪くすると人ごろしの得物にならあ。ふむ、それが十九日か。」といって少し鬱《ふさ》ぐ。
「そこで久しぶりじゃ、私《わし》もちっと冷える気味でこちらへ無沙汰《ぶさた》をしたで、また心ゆかしに廓《くるわ》を一|廻《まわり》、それから例の箕《み》の輪《わ》へ行って、どうせ苔《こけ》の下じゃあろうけれど、ぶッつかり放題、そのお嬢さんの墓と思って挨拶をして来ようと、ぶらぶら内を出て来たが。
 お極《きま》りでお前《まい》ン許《とこ》へお邪魔をすると、不思議な話じゃ。あと前《さき》はよく分らいでも、十九日とばかりで聞く耳が立ったての。
 何じゃ知らぬが、日が違わぬから、こりゃものじゃ。
 五助さん、お前《まい》の許にもそういうかかり合《あい》があるのなら、悪いことは
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