こういうのじゃ。
 頂きます頂きます、飲代《のみしろ》になら百両でも御辞退|仕《つかまつ》りまする儀ではござりませぬと、さあ飲んだ、飲んだ、昨夜《ゆうべ》一晩。
 ウイか何かでなあ五助さん、考えて見ると成程な、その大家の旦那がすっかり改心をなされた、こりゃ至極じゃて。
 お連合《つれあい》の今の後室が、忘れずに、大事にかけてござらっしゃる、お心懸《こころがけ》も天晴《あっぱれ》なり、来歴づきでお宝物にされた鏡はまた錦の袋入。こいつも可《い》いわい。その研手《とぎて》に私《わし》をつかまえた差配さんも気に入ったり、研いだ作平もまず可いわ。立派な身分になんなすった甥御も可《よ》し。戒《いましめ》のためと謂《い》うて、遣物にさっしゃる趣向も受けた。手間じゃない飲代にせいという文句も可しか、酒も可いが、五助さん。
 その発端になった、旗本のお嬢さん、剃刀で死んだ遊女《おいらん》の身になって御覧《ごろう》じろ、またこのくらいよくない話はあるまい。
 迷《まよい》じゃ、迷は迷じゃが、自分の可愛い男の顔を、他《ほか》の婦人《おんな》に見せるのが厭《いや》さに、とてもとあきらめた処で、殺して死のうとま
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