ぐら》、継《つぎ》はぎの膝かけを深うして、あわれ泰山崩るるといえども一髪動かざるべき身の構え。砥石《といし》を前に控えたは可《い》いが、怠惰《なまけ》が通りものの、真鍮《しんちゅう》の煙管《きせる》を脂下《やにさが》りに啣《くわ》えて、けろりと往来を視《なが》めている、つい目と鼻なる敷居際につかつかと入ったのは、件《くだん》の若い者、捨《すて》どんなり。
手を懐にしたまま胸を突出し、半纏の袖口を両方|入山形《いりやまがた》という見得で、
「寒いじゃあねえか、」
「いやあ、お寒う。」
「やっぱりそれだけは感じますかい、」
親仁は大口を開《あ》いて、啣えた煙管を吐出すばかりに、
「ははははは、」
「暢気《のんき》じゃあ困るぜ、ちっと精を出しねえな。」
「一言もござりませんね、ははははは。」
「見や、それだから困るてんじゃあねえか。ぼんやり往来を見ていたって、何も落して行《ゆ》く奴《やつ》アありやしねえよ。しかも今時分、よしんば落して行った処にしろ、お前何だ、拾って店へ並べておきゃ札をつけて軒下へぶら下げておくと同一《おんなじ》で、たちまち鳶《とんび》トーローローだい。」
「こう、憚《は
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