十面降り乱れて、静々《しずしず》と落ちて来た。
 紅梅の咲く頃なれば、かくまでの雪の状《さま》も、旭《あさひ》とともに霜より果敢《はか》なく消えるのであろうけれど、丑満《うしみつ》頃おいは都《みやこ》のしかも如月《きさらぎ》の末にあるべき現象とも覚えぬまでなり。何物かこれ、この大都会を襲って、紛々|皚々《がいがい》の陣を敷くとあやまたるる。
 さればこそ、高く竜燈の露《あらわ》れたよう二上屋の棟に蒼《あお》き光の流るるあたり、よし原の電燈の幽《かすか》に映ずる空を籠《こ》めて、きれぎれに冴《さ》ゆる三絃の糸につれて、高笑《たかわらい》をする女の声の、倒《さかしま》に田町へ崩るるのも、あたかもこの土の色の変った機に乗じて、空《くう》を行《ゆ》く外道変化《げどうへんげ》の囁《ささやき》かと物凄《ものすご》い。
 十二時|疾《と》くに過ぎて、一時前後、雪も風も最も烈しい頃であった。
 吹雪の下に沈める声して、お若が寮なる紅梅の門《かど》を静《しずか》に音信《おとず》れた者がある。
 トン、トン、トン、トン。
「はい、今開けます、唯今《ただいま》、々々、」と内では、うつらうつらとでもしていたらしい、眠け交《まじ》りのやや周章《あわ》てた声して、上框《あがりがまち》から手を伸《のば》した様子で、掛金をがッちり。
 その時|戸外《おもて》に立ったのが、
「お待ちなさい、貴方《あなた》はお宅《うち》の方なんですか。」と、ものありげに言ったのであるが、何の気もつかない風で、
「はい、あの、杉でございます。」と、あたかもその眠っていたのを、詫びるがごとき口吻《くちぶり》である。
 その間《ま》になお声をかけて、
「宜いんですか、開けても、夜がふけております。」
「へい、……、」ちと変った言《いい》ぐさをこの時はじめて気にしたらしく、杉というのは、そのままじっとして手を控えた。
 小留《おやみ》のない雪は、軒の下ともいわず浴びせかけて降《ふり》しきれば、男の姿はありとも見えずに、風はますます吹きすさぶ。

       十五

「杉、爺《じい》やかい。」とこの時に奥の方《かた》から、風こそ荒《すさ》べ、雪の夜《よ》は天地を沈めて静《しずか》に更け行《ゆ》く、畳にはらはらと媚《なま》めく跫音《あしおと》。
 端近《はしぢか》になったがいと少《わか》く清《すず》しき声で、
「辻が帰っておい
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