り》を乗せてがらがらがら。

       二

 あとは往来《ゆきき》がばったり絶えて、魔が通る前後《あとさき》の寂たる路《みち》かな。如月《きさらぎ》十九日の日がまともにさして、土には泥濘《ぬかるみ》を踏んだ足跡も留《とど》めず、さりながら風は颯々《さつさつ》と冷く吹いて、遥《はるか》に高い処で払《はたき》をかける。
「串戯《じょうだん》じゃあねえ、」と若い者は立直って、
「紺屋《こうや》じゃあねえから明後日《あさって》とは謂《い》わせねえよ。楼《うち》の妓衆《おいらん》たちから三|挺《ちょう》ばかり来てる筈《はず》だ、もう疾《とっ》くに出来てるだろう、大急ぎだ。」
「へいへい。いやまた家業の方は真面目《まじめ》でございス、捨さん。」
「うむ、」
「出来てるにゃ出来てます、」と膝かけからすぽりと抜けて、行火《あんか》を突出しながらずいと立つ。
 若いものは心付いたように、ハアトと銘のあるのを吸いつける。
 五助は背後向《うしろむき》になって、押廻して三段に釣った棚に向い、右から左のへ三度ばかり目を通すと、無慮四五百挺の剃刀《かみそり》の中から、箱を二挺、紙にくるんだのを一挺、目方を引くごとく掌《てのひら》に据えたが、捨吉に差向けて、
「これだ、」
「どれ、」
 箱を押すとすッと開いて、研澄《とぎす》ましたのが素直《まっすぐ》に出る、裏書をちょいと視《なが》め、
「こりゃ青柳《あおやぎ》さんと、可《よ》し、梅の香さんと、それから、や、こりゃ名がねえが間違やしないか。」
「大丈夫、」
「確《たしか》かね。」
「千本ごッたになったって私《わっし》が受取ったら安心だ、お持ちなせえ、したが捨さん、」
「なあに、間違ったって剃刀だあ。」
「これ、剃刀だあじゃあねえよ、お前《めえ》さん。今日は十九日だぜ。」
「ええ、驚かしちゃあ不可《いけね》え、張店《はりみせ》の遊女《おいらん》に時刻を聞くのと、十五日|過《すぎ》に日をいうなあ、大の禁物だ。年代記にも野暮の骨頂としてございますな。しかも今年は閏《うるう》がねえ。」
「いえ、閏があろうとあるまいと、今日は全く十九日だろうな。」と目金越に覗《のぞ》き込むようにして謂《い》ったので、捨吉は変な顔。
「どうしたい。そうさ、」
「お前《めえ》さん楼《とこ》じゃあ構わなかったっけか。」
「何を、」
「剃刀をさ。」
 謂うことはのみ込めな
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