いけれども、急に改まって五助が真面目だから、聞くのも気がさして、
「剃刀を? おかしいな。」
「おかしくはねえよ。この頃じゃあ大抵|何楼《どこ》でも承知の筈だに、どうまた気が揃ったか知らねえが、三人が三人取りに寄越《よこ》したのはちっと変だ、こりゃお気をつけなさらねえと危《あぶね》えよ。」
 ますます怪訝《けげん》な顔をしながら、
「何も変なこたアありやしないんだがね、別に遊女《おいらん》たちが気を揃えてというわけでもなしさ。しかしあたろうというのは三人や四人じゃあねえ、遣《や》れるもんなら楼《うち》に居るだけ残らずというのよ。」
「皆《みんな》かい、」
「ああ、」
「いよいよ悪かろう。」
「だってお前《めえ》、床屋が居続けをしていると思や、不思議はあるめえ。」
 五助は苦笑《にがわらい》をして、
「洒落《しゃれ》じゃあないというに。」
「何、洒落じゃあねえ、まったくの話だよ。」と若いものは話に念が入《い》って、仕事場の前に腰を据えた。


     十九日

       三

「昨夜《ゆうべ》ひけ過《すぎ》にお前《めえ》、威勢よく三人で飛込んで来た、本郷辺の職人|徒《てあい》さ。今朝になって直すというから休業《やすみ》は十七日だに変だと思うと、案の定なんだろうじゃあないか。
 すったもんだと捏《こ》ねかえしたが、言種《いいぐさ》が気に入ったい、総勢二十一人というのが昨日《きのう》のこッた、竹の皮包の腰兵糧でもって巣鴨《すがも》の養育院というのに出かけて、施《ほどこし》のちょきちょきを遣《や》ってさ、総がかりで日の暮れるまでに頭の数五|百《そく》と六十が処片づけたという奇特な話。
 その崩《くずれ》が豊国へ入って、大廻りに舞台が交《かわ》ると上野の見晴《みはらし》で勢揃《せいぞろい》というのだ、それから二|人《にん》三人ずつ別れ別れに大門へ討入《うちいり》で、格子さきで胄首《かぶと》と見ると名乗《なのり》を上げた。
 もとよりひってんは知れている、ただは遁《に》げようたあ言わないから、出来るだけ仕事をさせろ。愚図《ぐず》々々|吐《ぬか》すと、処々に伏勢《ふせぜい》は配ったり、朝鮮伝来の地雷火が仕懸けてあるから、合図の煙管《きせる》を払《はた》くが最後、芳原は空《くう》へ飛ぶぜ、と威勢の好《い》い懸合《かけあい》だから、一番景気だと帳場でも買ったのさね。
 そこで切
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