ぐら》、継《つぎ》はぎの膝かけを深うして、あわれ泰山崩るるといえども一髪動かざるべき身の構え。砥石《といし》を前に控えたは可《い》いが、怠惰《なまけ》が通りものの、真鍮《しんちゅう》の煙管《きせる》を脂下《やにさが》りに啣《くわ》えて、けろりと往来を視《なが》めている、つい目と鼻なる敷居際につかつかと入ったのは、件《くだん》の若い者、捨《すて》どんなり。
手を懐にしたまま胸を突出し、半纏の袖口を両方|入山形《いりやまがた》という見得で、
「寒いじゃあねえか、」
「いやあ、お寒う。」
「やっぱりそれだけは感じますかい、」
親仁は大口を開《あ》いて、啣えた煙管を吐出すばかりに、
「ははははは、」
「暢気《のんき》じゃあ困るぜ、ちっと精を出しねえな。」
「一言もござりませんね、ははははは。」
「見や、それだから困るてんじゃあねえか。ぼんやり往来を見ていたって、何も落して行《ゆ》く奴《やつ》アありやしねえよ。しかも今時分、よしんば落して行った処にしろ、お前何だ、拾って店へ並べておきゃ札をつけて軒下へぶら下げておくと同一《おんなじ》で、たちまち鳶《とんび》トーローローだい。」
「こう、憚《はばか》りだが、そんな曰附《いわくつき》の代物は一ツも置いちゃあねえ、出処《でどこ》の確《たしか》なものばッかりだ。」と件《くだん》ののみさしを行火《あんか》の火入へぽんと払《はた》いた。真鍮のこの煙管さえ、その中に置いたら異彩を放ちそうな、がらくた沢山、根附《ねつけ》、緒〆《おじめ》の類《たぐい》。古庖丁、塵劫記《じんこうき》などを取交ぜて、石炭箱を台に、雨戸を横《よこた》え、赤毛布《あかげっと》を敷いて並べてある。
「いずれそうよ、出処は確《たしか》なものだ。川尻|権守《ごんのかみ》、溝中《どぶのなか》長左衛門ね、掃溜《はきだめ》衛門之介などからお下《さが》り遊ばしたろう。」
「愚哉《おろか》々々、これ黙らっせえ、平《たいら》の捨吉、汝《なんじ》今頃この処に来《きた》って、憎まれ口をきくようじゃあ、いかさま地《じ》いろが無《ね》えものと見える。」と説破《せっぱ》一番して、五助はぐッとまた横啣《よこぐわえ》。
平の捨吉これを聞くと、壇の浦没落の顔色《がんしょく》で、
「ふむ、余り殺生が過ぎたから、ここん処精進よ。」と戸外《おもて》の方へ目を反《そら》す。狭い町を一杯に、昼帰《ひるがえ
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