黙った。
女中は、その太った躯《からだ》を揉《も》みこなすように、も一つ腰を屈《かが》めながら、
「それに、あの、お出先へお迎いに行《ゆ》くのなら、御朋輩《ごほうばい》の方に、御自分の事をお知らせ申さないように、内証《ないしょ》でと、くれぐれも、お託《ことづ》けでございましたものですから。」
「変だな、おかしいな、どこのものだか言ったかい。」
「ええ、御遠方。」
「遠い処か。」
「深川からとおっしゃいました。」
「ああ、襟巻なんか取らんでも可《い》い。……お帰り。」
女中はポカンとして膨れた手袋の手を、提灯の柄ごと唇へ当てて、
「どういたしましょう。」
「……可《よ》し、直ぐ帰る。」
座敷に引返《ひっかえ》そうとして、かたりと土間の下駄を踏んだが、ちょっと留まって、
「どんな風采《ふう》をしている。」と声を密《ひそ》めると。
「あの真紅《まっか》なお襦袢《じゅばん》で、お跣足《はだし》で。」
三
「第一、それが目に着いたんだ、夜だし、……雪が白いから。」
俊吉は、外套《がいとう》も無《な》しに、番傘で、帰途《かえり》を急ぐ中《うち》に、雪で足許《あしもと》も辿
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