雪が落ちると台なしという遠慮であろう。
「それに、……あの、ちょっとどうぞ。」
「何だよ。」とまだ強く言いながら、俊吉は、台所から燈《あかり》の透く、その正面の襖を閉めた。
真暗《まっくら》になる土間の其方《そなた》に、雪の袖なる提灯一つ、夜を遥《はるか》な思《おもい》がする。
労《ねぎ》らい心で、
「そんなに、降るのか。」といいいい土間へ。
「もう、貴方《あなた》、足駄《あしだ》が沈みますほどでございます。」
聞きも果てずに格子に着いて、
「何だ。」
「お客様でございまして。」と少し顔を退《ど》けながら、せいせい云う……道を急いだ呼吸《いき》づかい、提灯の灯の額際が、汗ばむばかり、てらてらとして赤い。
「誰だ。」
「あの、宮本様とおっしゃいます。」
「宮本……どんな男だ。」
時に、傘《からかさ》を横にはずす、とバサリという、片手に提灯を持直すと、雪がちらちらと軒を潜《くぐ》った。
「いいえ、御婦人の方でいらっしゃいます。」
「婦《おんな》が?」
「はい。」
「婦だ……待ってるのか。」
「ええ、是非お目にかかりとうございますって。」
「はてな、……」
とのみで、俊吉はちょっと
前へ
次へ
全42ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング