がりの座敷を一間、壁際を抜けると、次が玄関。
 取次いだ女中は、もう台所へ出て、鍋《なべ》を上る湯気の影。
 そこから彗星《ほうきぼし》のような燈《あかり》の末が、半ば開けかけた襖越、仄《ほのか》に玄関の畳へさす、と見ると、沓脱《くつぬぎ》の三和土《たたき》を間《あい》に、暗い格子戸にぴたりと附着《くッつ》いて、横向きに立って[#「立って」は底本では「立つて」]いたのは、俊吉の世帯に年増《としま》の女中で。
 二月ばかり給金の借《かり》のあるのが、同じく三月ほど滞《とどこお》った、差配で借りた屋号の黒い提灯《ちょうちん》を袖に引着けて待設ける。が、この提灯を貸したほどなら、夜中に店立《たなだ》てをくわせもしまい。
「おい、……何だ、何だ。」と框《かまち》まで。
「あ、旦那様。」
 と小腰を屈《かが》めたが、向直って、
「ちょっと、どうぞ。」と沈めて云う。
 余り要ありそうなのに、急《せ》き心に声が苛立《いらだ》って、
「入れよ、こっちへ。」
「傘も何も、あの、雪で一杯でございますから。皆様のお穿《はき》ものが、」
 成程、暴風雨《あらし》の舟が遁込《にげこ》んださながらの下駄の並び方。
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