の。先《せん》の呉服屋が来たんでしょう。可哀相でね、お金子《かね》を遣って旅籠屋《はたごや》を世話するとね、逗留《とうりゅう》をして帰らないから、旦那は不断女にかけると狂人《きちがい》のような嫉妬《やきもち》やきだし、相場師と云うのが博徒《ばくちうち》でね、命知らずの破落戸《ならずもの》の子分は多し、知れると面倒だから、次の宿《しゅく》まで、おいでなさいって因果を含めて、……その時|止《よ》せば可かったのに、湯に入ったのが悪かった。……帯を解いたのを見られたでしょう。
 ――染や、今日はいい天気だ、裏の山から隅田川が幽《かすか》に見えるのが、雪晴れの名所なんだ。一所に見ないかって誘うんですもの。
 余り可懐《なつか》しさに、うっかり雪路《ゆきみち》を上《のぼ》ったわ。峠の原で、たぶさを取って引倒して、覚えがあろうと、ずるずると引摺《ひきず》られて、積った雪が摺《す》れる枝の、さいかちに手足が裂けて、あの、実の真赤《まっか》なのを見た時は、針の山に追上げられる雪の峠の亡者か、と思ったんですがね。それから……立樹に結《ゆわ》えられて、……」
「お染。」
「短刀で、こ、こことここを、あっちこ
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