て、摺《ず》って、危《あやう》く落ちそうに縋《すが》ったのを、密《そっ》と取ると、羽織の肩を媚《なまめ》かしく脱掛けながら、受取ったと思うと留める間もなく、ぐ、ぐ、と咽喉《のど》を通して一息に仰いで呑んだ。
「まあ、お染。」
「だって、ここが苦しいんですもの、」
と白い指で、わなわなと胸を擦《さす》った。
「ああ、旨《おいし》かった。さあ、お酌。いいえ、毒なものは上げはしません、ちょっと、ただ口をつけて頂戴。花にでも。」
「ままよ。」……構わず呑もうとすると雫《しずく》も無かった。
花を唇につけた時である。
「お酒が来たら、何にも思わないで、嬉しく飲みたい。……私、ほんとに伊香保では、酷《ひど》い、情《なさけ》ない目に逢ったの。
お前さんに逢って、皆《みんな》忘れたいと思うんだから、聞いて頂戴。……伊香保でね――すぐに一人旦那が出来たの。土地の請負師《うけおいし》だって云うのよ、頼みもしないのに無理に引かしてさ、石段の下に景ぶつを出す、射的《しゃてき》の店を拵《こしら》えてさ、そこに円髷《まるまげ》が居たんですよ。
この寒いのに、単衣《ひとえ》一つでぶるぶる震えて、あの……千葉
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