つ返事で快く引受けたから、図に乗ってもう一つ狐蕎麦《きつねそば》を[#「狐蕎麦」は底本では「孤蕎麦」]誂《あつら》えた。」
「上州のお客にはちょうど可いわね。」
「嫌味を云うなよ。……でも、お前は先《せん》から麺類《めんるい》を断《た》ってる事を知ってるから、てんのぬきを誂えたぜ。」
「まあ、嬉しい。」
 と膝で確《しっか》りと手を取って、
「じゃ、あの、この炬燵の上へ盆を乗せて、お銚子をつけて、お前さん、あい、お酌って、それから私も飲んで。」
 と熟《じっ》と顔を見つつ、
「願《ねがい》が叶《かな》ったわ、私。……一生に一度、お前さん、とそうして、お酒が飲みたかった。ああ、嬉しい。余り嬉しさに、わなわな震えて、野暮なお酌をすると口惜《くやし》い。稽古をするわ、私。……ちょっとその小さな掛花活《かけはないけ》を取って頂戴。」
「何にする。」
「お銚子を持つ稽古するの。」
「狂人染《きちがいじ》みた、何だな、お前。」
「よう、後生だから、一度だって私のいいなり次第になった事はないじゃありませんか。」
「はいはい、今夜の処《とこ》は御意次第。」
 そこが地袋で、手が直ぐに、水仙が少しすがれ
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