「驚いた。」
とほっと呼吸《いき》して、どっか、と俊吉は、はじめて瀬戸ものの火鉢の縁《へり》に坐ったのである。
「ああ、座蒲団《ざぶとん》はこっち。」
と云う、背中に当てて寝ていたのを、ずらして取ろうとしたのを見て、
「敷いておいで、そっちへ行こう、半分ずつ、」
と俊吉はじめて笑った。……
お染は、上野の停車場から。――深川の親の内へも行《ゆ》かずに――じかづけに車でここへ来たのだと云う。……神楽坂は引上げたが、見る間に深くなる雪に、もう郵便局の急な勾配で呼吸《いき》ついて、我慢にも動いてくれない。仕方なしに、あれから路《みち》の無い雪を分けて、矢来の中をそっちこっち、窓明りさえ見れば気兼《きがね》をしいしい、一時《ひととき》ばかり尋ね廻った。持ってた洋傘《こうもり》も雪に折れたから途中で落したと云う。それは洲崎を出る時に買ったままの。憑《つ》きもののようだ、と寂しく笑った。
俊吉は、卍《まんじ》の中を雪に漾《ただよ》う、黒髪のみだれを思った。
女中が、何よりか、と火を入れて炬燵に導いてから、出先へ迎いに出たあとで、冷いとだけ思った袖も裙《すそ》も衣類《きもの》が濡れたか
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