》へ、自分が脱いだ絣《かすり》の綿入羽織を着せて、その肩に手を置きながら、俊吉は向い合いもせず、置炬燵《おきごたつ》の同じ隅に凭《もた》れていた。
 内へ帰ると、一つ躓《つまず》きながら、框《かまち》へ上って、奥に仏壇のある、襖《ふすま》を開けて、そこに行火《あんか》をして、もう、すやすやと寐《ね》た、撫《なで》つけの可愛らしい白髪《しらが》と、裾《すそ》に解きもののある、女中の夜延《よなべ》とを見て、密《そっ》とまた閉めて、ずかずかと階子《はしご》を上《あが》ると、障子が閉って、張合の無さは、燈《あかり》にその人の影が見えない。
 で、嘘だと思った。
 ここで、トボンと夢が覚めるのであろう、と途中の雪の幻さえ、一斉に消えるような、げっそり気の抜けた思いで、思切って障子を開けると、更紗《さらさ》を掛けた置炬燵の、しかも机に遠い、縁に向いた暗い中から、と黒髪が揺《ゆら》めいて、窶《やつ》れたが、白い顔。するりと緋縮緬《ひぢりめん》の肩を抽《ぬ》いたのは夢ではなかったのである。
「どうした。」
 と顔を見た。
「こんな、うまい装《なり》をして、驚いたでしょう。」
 と莞爾《にっこり》する。
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