も遠いんですもの、道は悪し、それに暗いでしょう。」
「承合《うけあい》ましたよ。」
「それじゃ、お近いうち。」
 影を引切《ひっき》るように衝《つ》と過ぎる車のうしろを、トンと敲《たた》いたと思うと夜の潮に引残されて染次は残ってしょんぼりと立つ。
 車が路を離れた時、母衣の中とて人目も恥じず、俊吉は、ツト両掌《りょうて》で面《おもて》を蔽《おお》うて、はらはらと涙を落した。……
「でも、遠いんですもの、路は悪し、それに暗いでしょう。」
 行方も知らず、分れるように思ったのであった。
 そのまま等閑《なおざり》にすべき義理ではないのに、主人にも、女にも、あの羅《うすもの》の償《つぐない》をする用意なしには、忍んでも逢ってはならないと思うのに、あせって※[#「てへん+爭」、第4水準2−13−24]《もが》いても、半月や一月でその金子《かね》は出来なかった。
 のみならず、追縋《おいすが》って染次が呼出しの手紙の端に、――明石のしみは、しみ抜屋にても引受け申さず、この上は、くくみ洗いをして、人肌にて暖め乾かし候よりせむ方なしとて、毎日少しずつふくみ洗いいたし候ては、おかみさんと私とにて毎夜|
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