うに、小雨の中をちょこちょこ走りに自分で俥《くるま》を雇って乗せた。
蛇目傘《じゃのめ》を泥に引傾《ひっかた》げ、楫棒《かじぼう》を圧《おさ》えぬばかり、泥除《どろよけ》に縋《すが》って小造《こづくり》な女が仰向《あおむ》けに母衣《ほろ》を覗《のぞ》く顔の色白々と、
「お近い内に。」
「…………」
「きっと?」
「むむ。」
「きっとですよ。」
俊吉は黙って頷《うなず》いた。
暗くて見えなかったろう。
「きっとよ。」
「分ったよ。」
「可《よ》ござんすか。」
「煩《うるさ》い。」と心にもなく、車夫の手前、宵から心遣いに疲れ果てて、ぐったりして、夏の雨も寒いまでに身体《からだ》もぞくぞくする癇癪《かんしゃく》まぎれに云ったのを、気にも掛けず、ほっと安心したように立直ったと思うと、
「車夫《わかいしゅ》さん、はい――……あの車賃は払いましたよ。」
「有るよ。」
「威張ってさ、それから少しですが御祝儀。気をつけて上げて下さいよ、よくねえ、気をつけて、可ござんすか。」
「大丈夫でございますよ、姉さん。」と楫《かじ》[#ルビの「かじ」は底本では「かぢ」]を取った片手に祝儀を頂きながら。
「で
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