日の冷汗を恥じて、俊吉の膝に俯伏《うっぷ》した処を、(出ばな。)と呼ばれて立ったのである。……
 お染はもとの座へそうして近々と来て盆ごと出しながら、も一度襖越しに見返った。名ある女を、こうはいかに、あしらうまい、――奥様と云ったな――膝に縋《すが》った透見《すきみ》をしたか、恥と怨《うらみ》を籠めた瞳は、遊里《さと》の二十《はたち》の張《はり》が籠《こも》って、熟《じっ》と襖に注がれた。
 ト見つつ夢のようにうっかりして、なみなみと茶をくんだ朝顔|形《なり》の茶碗に俊吉が手を掛ける、とコトリと響いたのが胸に通って、女は盆ごと男が受取ったと思ったらしい。ドンと落ちると、盆は、ハッと持直そうとする手に引かれて、俊吉の分も浚《さら》った茶碗が対。吸子《きびしょ》も共に発奮《はずみ》を打ってお染は肩から胸、両膝かけて、ざっと、ありたけの茶を浴びたのである。
 むらむらと立つ白い湯気が、崩るる褄《つま》の紅《くれない》の陽炎《かげろう》のごとく包んで伏せた。
 頸《うなじ》を細く、面《おもて》を背けて、島田を斜《ななめ》に、
「あっ。」と云う。
「火傷《やけど》はしないか。」と倒れようとするそ
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