小さな声で。
「もう、一間ありますよ。」
と染次が云う。……通された八畳は、燈《あかり》も明《あかる》し、ぱっとして畳も青い。床には花も活《いか》って。山家を出たような俊吉の目には、博覧会の茶座敷を見るがごとく感じられた。が、入る時見た、襖一重《ふすまひとえ》が直ぐ上框《あがりかまち》兼帯の茶の室で、そこに、髷《まげ》に結《い》った娑婆気《しゃばき》なのが、と膝を占めて構えていたから。
話に雀ほどの声も出せない。
で、もう一間と※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》すと、小庭の縁が折曲りに突当りが板戸になる。……そこが細目にあいた中に、月影かと見えたのは、廂《ひさし》に釣った箱燈寵《はこどうろう》の薄明りで、植込を濃く、むこうへぼかして薄《うっす》りと青い蚊帳《かや》。
ト顔を見合せた。
急に二人は更《あらたま》ったのである。
男が真中《まんなか》の卓子台《ちゃぶだい》に、肱《ひじ》を支《つ》いて、
「その後《のち》は。どうしたい。」
「お話にならないの。」
と自棄《やけ》に、おくれ毛を揺《ゆす》ったが、……心配はさせない、と云う姉のような呑込んだ優《やさし
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