火鉢の処は横町から見通しでしょう、脱ぐにも着るにも、あの、鏡台の前しかないんだもの。……だから、お前さんに壁の方を向いてて下さいと云ったじゃありませんか。」
「だって、以前は着ものを着たより、その方が多かった人じゃないか、私はちっとも恐れやしないよ。」
「ねえ……ほほほ。……」
 笑ってちょっと口籠《くちごも》って、
「ですがね、こうなると、自分ながら気が変って、お前さんの前だと花嫁も同じことよ。……何でしたっけね、そら、川柳とかに、下に居て嫁は着てからすっと立ち……」
「お前は学者だよ。」
「似てさ、お前さんに。」
「大きにお世話だ、学者に帯を〆《し》めさせる奴があるもんか、おい、……まだ一人じゃ結べないかい。」
「人、……芸者の方が、ああするんだわ。」
「勝手にしやがれ。」
「あれ。」
「ちっとやけらあねえ。」
「溝《どぶ》へ落っこちるわねえ。」
「えへん!」
 と怒鳴って擦違いに人が通った。早や、旧《もと》来た瓦斯《がす》に頬冠《ほおかむ》りした薄青い肩の処が。
「どこだ。」
「一直《いちなお》の塀の処だわ。」
 直《じ》きその近所であった。
「座敷はこれだけかね。」
 と俊吉は
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