一生懸命に我慢をしていた、御免なさいよ。」
 声がまた悄《しお》れて沈んで、
「何にも言わないで、いきなり噛《かじ》りつきたかったんだけれど、澄し返って、悠々と髪を撫着《なでつ》けたりなんかして。」
「行場《ゆきば》がないから、熟々《しみじみ》拝見をしましたよ、……眩《まぶ》しい事でございました。」
「雪のようでしょう、ちょっと片膝立てた処なんざ、千年ものだわね、……染ちゃん大分御念入だねなんて、いつもはもっと塗れ、もっと髱《たぼ》を出せと云う女房《おかみ》さんが云うんだもの。どう思ったか知らないけれど、大抵こんがらかったろうと私は思うの。
 そりゃ成りたけ、よくは見せたいが弱身だって、その人の見る前じゃあねえ、……察して頂戴。私はお前さんに恥かしかったわ、お乳なんか。」
 と緊《し》められるように胸を圧《おさ》えた、肩が細《ほっそ》りとして重そうなので、俊吉が傘を取る、と忘れたように黙って放す。
「いいえ、結構でございました、湯あがりの水髪で、薄化粧を颯《さっ》と直したのに、別してはまた緋縮緬《ひぢりめん》のお襦袢《じゅばん》を召した処と来た日にゃ。」
「あれさ、止《よ》して頂戴……
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