ね、居ると分ったら、門口《かどぐち》から引返《ひっかえ》[#ルビの「ひっかえ」は底本では「ひつかへ」]して、どこかで呼ぶんだっけ。媽々《かかあ》が追掛《おっかけ》るじゃないか。仕方なし奥へ入ったんだ。一間《ひとま》しかありやしない。すぐの長火鉢の前に媽々は控えた、顔の遣場《やりば》もなしに、しょびたれておりましたよ、はあ。
 光った旦那じゃなし、飛んだお前の外聞だっけね、済まなかったよ。」
「あれ、お前さんも性悪《しょうわる》をすると見えて、ひがむ事を覚えたね。誰が外聞だと申しました、俊さん、」
 取った袂に力が入って、
「女房《おかみ》さんに、悟られると、……だと悟られると、これから逢うのに、一々、勘定が要るじゃありませんか。おまいりだわ、お稽古だわッて内証《ないしょ》で逢うのに出憎いわ。
 はじめの事は知ってるから私の年が年ですからね。主人の方じゃ目くじらを立てていますもの、――顔を見られてしまってさ……しょびたれていましたよ、はあ。――お前の外聞だっけね、済まなかった。……誰が教えたの。」
 とフフンと笑って、
「素人だね。」

       八

「……わざと口数も利かないで、
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