ったでしょう。
内へ来るような馴染《なじみ》はなし、どこの素見《ひやかし》だろうと思って、おやそうか何か気の無い返事をして、手拭《てぬぐい》を掛けながら台所口《だいどころぐち》から、ひょいと見ると、まあ、お前さんなんだもの。真赤《まっか》になったわ。極《きまり》が悪くって。」
「なぜだい。」
「悟られやしないかと思ってさ。」
「何を?……」
「だって、何をッて、お前さん、どこか、お茶屋か、待合からかけてくれれば可いじゃありませんか、唐突《だしぬけ》に内へなんぞ来るんだもの。」
「三年|越《ごし》だよ、手紙一本が当《あて》なんだ。大事な落しものを捜すような気がするからね、どこかにあるには違いないが、居るか居ないか、逢えるかどうか分りやしない。おまけに一向土地不案内で、東西分らずだもの。茶屋の広間にたった一つ膳《ぜん》を控えて、待っていて、そんな妓《こ》は居《お》りません。……居ますが遠出だなんぞと来てみたが可い。御存じの融通《ゆずう》が利かないんだから、可《よし》、ついでにお銚子《ちょうし》のおかわりが、と知らない女を呼ぶわけにゃ行かずさ、瀬ぶみをするつもりで、行ったんだ。
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