袂《たもと》の先をそっと引く。
 それなり四五間、黙って小雨の路地を歩行《ある》く、……俊吉は少しずつ、…やがて傘の下を離れて出た。
「濡れますよ、貴方。」
 男は黙然《だんまり》の腕組して行《ゆ》く。
「ちょっと、濡れるわ、お前さん。」
 やっぱり暗い方を、男は、ひそひそ。
「濡れると云うのに、」
 手は届く、羽織の袖をぐっと引いて突附けて、傘《からかさ》を傾けて、
「邪慳《じゃけん》だねえ。」
「泣いてるのか、何だな、大《おおき》な姉さんが。」
「……お前さん、可懐《なつか》しい、恋しいに、年齢《とし》に加減はありませんわね。」
「何しろ、お前、……こんな路地端《ろじばた》に立ってちゃ、しょうがない。」
「ああ、早く行きましょう。」
 と目を蔽《お》うていた袖口をはらりと落すと、瓦斯《がす》の遠灯《とおあかり》にちらりと飜《かえ》る。
「少《わか》づくりで極《きま》りが悪いわね。」
 と褄を捌《さば》いて取直して、
「極《きまり》が悪いと云えば、私は今、毛筋立を突張《つっぱ》らして、薄化粧は可《い》いけれども、のぼせて湯から帰って来ると、染ちゃんお客様が、ッて女房《おかみ》さんが言
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