さき》、消えずに目に着く狐火が一つ、ぼんやりとして(蔦屋《つたや》)とある。
「これだ。」
 密《そっ》と、下へ屈《かが》むようにしてその御神燈を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》すと、他《ほか》に小草《おぐさ》の影は無い、染次、と記した一葉《ひとは》のみ。で、それさえ、もと居たらしい芸妓《げいしゃ》の上へ貼紙《はりがみ》をしたのに記してあった。看板を書《かき》かえる隙《ひま》もない、まだ出たてだという、新しさより、一人旅の木賃宿に、かよわい女が紙衾《かみぶすま》の可哀さが見えた。
 とばかりで、俊吉は黙って通過ぎた。
 が、筋向うの格子戸の鼠鳴《ねずみなき》に、ハッと、むささびが吠《ほ》えたほど驚いて引返《ひっかえ》して、蔦屋の門を逆に戻る。
 俯向《うつむ》いて彳《たたず》んでまた御神燈を覗《のぞ》いた。が、前刻《さっき》の雨が降込んで閉めたのか、框《かまち》の障子は引いてある。……そこに切張《きりばり》の紙に目隠しされて、あの女が染次か、と思う、胸がドキドキして、また行過ぎる。
 トあの鼠鳴がこっちを見た。狐のようで鼻が白い。
 俊吉は取って返した。また戻って、
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