と手足をあがいて附着《くッつ》く。
電車は見る見る中に黒く幅ったくなって、三台五台、群衆を押離すがごとく雨に洗い落したそうに軋《きし》んで出る。それをも厭《いと》わない浅間しさで、児《こ》を抱いた洋服がやっと手を縋《すがっ》って乗掛《のっか》けた処を、鉄棒で払わぬばかり車掌の手で突離された。よろめくと帽子が飛んで、小児《こども》がぎゃっと悲鳴を揚げた。
この発奮《はずみ》に、
「乗るものか。」
濡れるなら濡れろ、で、奮然として駈出《かけだ》したが。
仲見世から本堂までは、もう人気もなく、雨は勝手に降って音も寂寞《ひっそり》としたその中を、一思いに仁王門も抜けて、御堂《みどう》の石畳を右へついて廻廊の欄干を三階のように見ながら、廂《ひさし》の頼母《たのも》しさを親船の舳《みよし》のように仰いで、沫《しぶき》を避《よ》けつつ、吻《ほつ》と息。
濡れた帽子を階段|擬宝珠《ぎぼし》に預けて、瀬多の橋に夕暮れた一人旅という姿で、茫然《ぼうぜん》としてしばらく彳《たたず》む。……
風が出て、雨は冷々《ひやひや》として小留《おや》むらしい。
雫《しずく》で、不気味さに、まくっていた袖を
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