《つま》白《しろ》く土手の暗がりを忍んで出たろう。
 引手茶屋は、ものの半年とも持堪《もちこた》えず、――残った不義理の借金のために、大川を深川から、身を倒《さかさま》に浅草へ流着《ながれつ》いた。……手切《てぎれ》の髢《かもじ》も中に籠《こ》めて、芸妓髷《げいしゃまげ》に結《い》った私、千葉の人とは、きれいに分《わけ》をつけ参らせ候《そろ》。
 そうした手紙を、やがて俊吉が受取ったのは、五重の塔の時鳥《ほととぎす》。奥山の青葉頃。……
 雪の森、雪の塀、俊吉は辻へ来た。

       五

 八月の末だった、その日、俊吉は一人、向島《むこうじま》[#ルビの「むこうじま」は底本では「むかうじま」]の百花園に行った帰途《かえるさ》、三囲《みめぐり》のあたりから土手へ颯《さっ》と雲が懸《かか》って、大川が白くなったので、仲見世前まで腕車《くるま》で来て、あれから電車に乗ろうとしたが、いつもの雑沓《ざっとう》。急な雨の混雑はまた夥《おびただ》しい。江戸中の人を箱詰《はこづめ》にする体裁《ていたらく》。不見識なのはもち[#「もち」に傍点]に捏《でっ》ちられた蠅の形で、窓にも踏台にも、べたべた
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