す、返咲《かえりざき》の色を見せる気にもなったし、意気な男で暮したさに、引手茶屋が一軒、不景気で分散して、売物に出たのがあったのを、届くだけの借金で、とにかく手附ぐらいな処で、話を着けて引受けて稼業をした。
 まず引掛《ひっかけ》の昼夜帯が一つ鳴って〆《しま》った姿。わざと短い煙管《きせる》で、真新しい銅壺《どうこ》に並んで、立膝で吹かしながら、雪の素顔で、廓《くるわ》をちらつく影法師を見て思出したか。
 ――勘定《つけ》をかく、掛《かけ》すずりに袖でかくして参らせ候、――
 二年ぶり、打絶えた女の音信《たより》を受取った。けれども俊吉は稼業は何でも、主《ぬし》あるものに、あえて返事もしなかったのである。
 〆《しめ》の形や、雁《かり》の翼は勿論、前の前の下宿屋あたりの春秋《はるあき》の空を廻り舞って、二三度、俊吉の今の住居《すまい》に届いたけれども、疑《うたがい》も嫉妬《しっと》も無い、かえって、卑怯《ひきょう》だ、と自分を罵《ののし》りながらも逢わずに過した。
 朧々《おぼろおぼろ》の夜《よ》も過ぎず、廓は八重桜の盛《さかり》というのに、女が先へ身を隠した。……櫛巻《くしまき》が褄
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