恋しい情が昂《あが》って、路々の雪礫《ゆきつぶて》に目が眩《くら》んだ次第ではない。
 ――逢いに来た――と報知《しらせ》を聞いて、同じ牛込、北町の友達の家《うち》から、番傘を傾け傾け、雪を凌《しの》いで帰る途中も、その婦《おんな》を思うと、鎖《とざ》した町家《まちや》の隙間|洩《も》る、仄《ほのか》な燈火《あかり》よりも颯《さっ》と濃い緋《ひ》の色を、酒井の屋敷の森越に、ちらちらと浮いつ沈みつ、幻のように視《み》たのであるから。
 当夜は、北町の友達のその座敷に、五人ばかりの知己《ちかづき》が集って、袋廻しの運座があった。雪を当込《あてこ》んだ催《もよおし》ではなかったけれども、黄昏《たそがれ》が白くなって、さて小留《こや》みもなく降頻《ふりしき》る。戸外《おもて》の寂寞《さみ》しいほど燈《ともしび》の興は湧《わ》いて、血気の連中、借銭ばかりにして女房なし、河豚《ふぐ》も鉄砲も、持って来い。……勢《いきおい》はさりながら、もの凄《すご》いくらい庭の雨戸を圧して、ばさばさ鉢前の南天まで押寄せた敵に対して、驚破《すわ》や、蒐《かか》れと、木戸を開いて切って出《い》づべき矢種はないので、逸
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