職 何、あの梟鳥《ふくろどり》をお返事とは?
媛神 あなた方《がた》の言う事は、私《わたし》には、時々あのように聞こえます。よくお聞きなさるがよい。
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――梟、頻《しきり》に鳴く。「のりつけほうほう」――
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老仕丁 のりつけほうほう。のりたもうや、つげたもうや。あやしき神の御声《おんこえ》じゃ、のりつけほうほう。(と言うままに、真先《まっさき》に、梟に乗憑《のりうつ》られて、目の色あやしく、身ぶるいし、羽搏《はばたき》す。)
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――これを見詰めて、禰宜と、仕丁と、もろともに、のり憑《つ》かれ、声を上ぐ。――「のりつけほう。――のりつけほうほう、ほう。」
次第に村人ら皆|憑《うつ》らる――「のりつけほうほう。ほうほう。ほうほう」――
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神職 言語《ごんご》道断、ただ事《ごと》でない、一方《ひとかた》ならぬ、夥多《おびただ》しい怪異じゃ。したたかな邪気じゃ。何が、おのれ、何が、ほうほう……
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(再び太刀《たち》を抜き、片手に幣を振り、飛《とび》より、煽《あお》りかかる人々を激しくなぎ払い打ち払う間《あいだ》、やがて惑乱し次第に昏迷《こんめい》して――ほうほう。――思わず袂《たもと》をふるい、腰を刎《は》ねて)ほう、ほう、のりつけ、のりつけほう。のりつけほう。〔備考、この時、看客《かんかく》あるいは哄笑《こうしょう》すべし。敢《あえ》て煩わしとせず。〕(恁《か》くして、一人一人、枝々より梟の呼び取る方《ほう》に、ふわふわとおびき入れらる。)
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丁々坊 ははははは。(腹を抱《かか》えて笑う。)
媛神 姥《うば》、お客を帰そう。あらしが来そうだから。
巫女 御意《ぎょい》。
媛神 蘆毛《あしげ》、蘆毛。――(駒《こま》、おのずから、健かに、すとすと出《い》づ。――ほうほうのりつけほうほう――と鳴きつつ来《きた》る。媛神。軽く手を拍《う》つや、その鞍《くら》に積めるままなる蕪《かぶ》、太根《だいこ》、人参《にんじん》の類《るい》、おのずから解けてばらばらと左右に落つ。駒また高らかに鳴く。のりつけほうほう。――)
媛神 ほほほほ、(微笑《ほほえ》みつつ寄りて、蘆毛の鼻頭《はなづら》を軽く拊《う》つ)何だい、お前まで。(駒、高嘶《たかいなな》きす)〔――この時、看客の笑声《しょうせい》あるいは静まらん。然《しか》らんには、この戯曲なかば成功たるべし。〕――お沢さん、疲れたろう。乗っておいで。姥《うば》は影に添って、見送ってお上げ――人里まで。
お沢 お姫様。
巫女 もろともにお礼をば申上げます。
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蘆毛は、ひとりして鰭爪《ひづめ》軽く、お沢に行く。
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丁々坊 ははは、この梟、羽を生《はや》せ。(戯れながら――熊手にかけて、白拍子の躯《むくろ》、藁人形、そのほか、釘、獣皮などを掻《か》き浚《さら》う。)
巫女 さ、このお娘《こ》。――貴女様に、御挨拶《ごあいさつ》申上げて……
お沢 (はっと手をつかう)お姫様。草刈《くさかり》、水汲《みずくみ》いたします。お傍《そば》にいとう存じます。
媛神 (廻廊に立つ)――私《わたし》の傍《そば》においでだと、一つ目のおばけに成ります、可恐《こわ》い、可恐い、……それに第一、こんな事、二度とはいけません。早く帰って、そくさいにおくらし。――駒に乗るのに坐っていないで、遠慮のう。
お沢 (涙ぐみつつ)お姫様。
巫女 丁《ちょう》どや――丑《うし》の上刻《じょうこく》ぞの。(手綱《たづな》を取る。)
媛神 (鬢《びん》に真白《ましろ》き手を、矢を黒髪に、女性《にょしょう》の最も優しく、なよやかなる容儀見ゆ。梭《ひ》を持てるが背後《うしろ》に引添い、前なる女の童《わらべ》は、錦の袋を取出《とりい》で下より翳《かざ》し向く。媛神、半ば簪《かざ》して、その鏡を視《み》る。丁々坊は熊手をあつかい、巫女《みこ》は手綱を捌《さば》きつつ――大空《おおぞら》に、笙《しょう》、篳篥《ひちりき》、幽《ゆう》なる楽《がく》。奥殿《おくでん》に再び雪ふる。まきおろして)――
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[#地から3字上げ]――幕――
底本:「海神別荘 他二篇」岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年4月18日第1刷発行
2001(平成13)年1月15日第4刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十六巻」岩波書店
1942(昭和17)年10月15日第1刷発行
初出:「文藝春秋」
1927(昭和2)年3月
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2007年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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