―いや、小児衆《こどもしゅ》――(渠《かれ》ら幼きが女の児《こ》二人、男の子三人にて、はじめより神楽を見て立つ)――一遊び遊んだら、暮れぬ間《ま》に帰らっしゃい。
後見 これ、立巌《たちいわ》にも、一本橋《いっぽんばし》にも、えっと気をつきょうぞよ。
小児一 ああ。
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かくて社家《しゃけ》の方《かた》、樹立《こだち》に入《い》る。もみじに松を交《まじ》う。社家は見えず。
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小児二 や、だいぶ散らかした。
小児三 そうだなあ。
小児一 よごれやしないやい、木《き》の葉だい。
小児二 木の葉でも散らばった、でよう。
女児一 もみじでも、やっぱり掃くの?
女児二 茣蓙《ござ》の上に散っていれば、内でもお掃除《そうじ》するわ。
女児一 神様のいらっしゃる処よ、きれいにして行きましょう。
女児二 お縁は綺麗《きれい》よ。
小児一 じゃあ、階段《だんだん》から。おい、箒《ほうき》の足りないものは手で引掻《ひっか》け。
女児一 私《わたし》は袂《たもと》にするの。
小児二 乱暴だなあ、女のくせに。
女児三 だって、真紅《まっか》なのだの、黄色い銀杏《いちょう》だの、故《わざ》とだって懐《ふところ》へさ、入《い》れる事よ。
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折れたる熊手《くまで》、新しきまた古箒《ふるぼうき》を手《て》ん手《で》に引出《ひきいだ》し、落葉《おちば》を掻寄《かきよ》せ掻集め、かつ掃きつつ口々に唄《うた》う。
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「お正月は何処《どこ》まで、
 からから山の下まで、
 土産《みやげ》は何《なん》じゃ。
 榧《かや》や、勝栗《かちぐり》、蜜柑《みかん》、柑子《こうじ》、橘《たちばな》。」……
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お沢 (向って左の方《かた》、真暗《まっくら》に茂れる深き古杉の樹立《こだち》の中より、青味の勝ちたる縞《しま》の小袖《こそで》、浅葱《あさぎ》の半襟《はんえり》、黒繻子《くろじゅす》の丸帯《まるおび》、髪は丸髷《まるまげ》。鬢《びん》やや乱れ、うつくしき俤《おもかげ》に窶《やつ》れの色見ゆ。素足《すあし》草履穿《ぞうりばき》にて、その淡き姿を顕わし、静《しずか》に出《い》でて、就中《なかんずく》杉の巨木《きょぼく》の幹に凭《よ》りつつ――間《ま》。――小児《こども》らの中に出《い》づ)まあ、いいお児《こ》ね、媛神《ひめがみ》様のお庭の掃除をして、どんなにお喜びだか知れません――姉《ねえ》さん……(寂《さびし》く微笑《ほほえ》む)あの、小母《おば》さんがね、ほんの心ばかりの御褒美《ごほうび》をあげましょう。一度お供物《くもつ》にしたのですよ。さあ、お菓子。
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小児《こども》ら、居分《いわか》れて、しげしげ瞻《みまも》る。
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お沢 さあ、めしあがれ。
小児一 持って行《ゆ》くの。
女児一 頂いて帰るの。(皆いたいけに押頂《おしいただ》く。)
お沢 まあ。何故《なぜ》ね。
女児二 でも神様が下さるんですもの。
お沢 ああ、勿体《もったい》ない。私《わたし》はお三《さん》どんだよ、箒を一つ貸して頂戴《ちょうだい》。
小児二 じゃあ、おつかい姫だ。
女児一 きれいな姉《ねえ》さん。
女児二 こわいよう。
小児一 そんな事いうと、学校で笑われるぜ。
女児一 だって、きれいな小母《おば》さん。
女児二 こわいよう。
小児二 少しこわいなあ。
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いい次ぎつつ、お沢《さわ》の落葉を掻寄《かきよ》する間《ま》に、少しずつやや退《すさ》る。
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小児一 お正月かも知れないぜ。この山まで来たんだ。
小児二 や、お正月は女か。
小児三 知らない。
小児一 狐《きつね》だと大変だなあ。
小児二 そうすりゃこのお菓子なんか、家《うち》へ帰ると、榧《かや》や勝栗だ。
小児三 そんなら可《い》いけれど、皆《みんな》木の葉だ。
女の児たち きゃあ――
男の児たち やあ、転《ころ》ぶない。弱虫やい。――(かくて森蔭《もりかげ》にかくれ去る。)
お沢 (箒を堂の縁下《えんした》に差置き、御手洗《みたらし》にて水を掬《すく》い、鬢《かみ》掻撫《かきな》で、清き半巾《ハンケチ》を袂《たもと》にし、階段の下に、少時《しばし》ぬかずき拝む。静寂。きりきりきり、はたり。何処《どこ》ともなく機織《はたおり》の音聞こゆ。きりきりきり、はたり。――お沢。面《おもて》を上げ、四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》し耳を澄
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