み》に伺い奉る、伺い奉る……謹《つつし》み謹み白《もう》す。
媛神 (――無言――)
神職 恐れながら伺い奉る……御神慮におかせられては――畏《かしこ》くも、これにて漏れ承りまする処におきましては――これなる悪女《あくじょ》の不届《ふとどき》な願《ねがい》の趣《おもむき》……趣をお聞き届け……
媛神 肯《き》きます。不届とは思いません。
神職 や、この邪《よこしま》を、この汚《けがれ》を、おとりいれにあい成りまするか。その御霊《ごりょう》、御魂《みたま》、御神体は、いかなる、いずれより、天降《あまくだ》らせます。……
媛神 石垣を堅めるために、人柱《ひとばしら》と成って、活《い》きながら壁に塗られ、堤《つつみ》を築くのに埋《うず》められ、五穀のみのりのための犠牲《いけにえ》として、俎《まないた》に載せられた、私《わたし》たち、いろいろなお友だちは、高い山、大《おおき》な池、遠い谷にもいくらもあります。――不断|私《わたし》を何と言ってお呼びになります。
神職 はッ、白寮権現《はくりょうごんげん》、媛神《ひめがみ》と申し上げ奉る。
媛神 その通り。
神職 そ、その媛神におかせられては、直《す》ぐなること、正しきこと、明かに清らけきことをこそお司《つかさど》り遊ばさるれ、恁《かか》る、邪《よこしま》に汚れたる……
媛神 やみの夜《よ》は、月が邪《よこしま》だというのかい。村里に、形のありなしとも、悩み煩らいのある時は、私《わたし》を悪いと言うのかい。
神職 さ、さ、それゆえにこそ、祈り奉るものは、身を払い、心を払い、払い清めましての上に、正しき理《ことわり》、夜《よる》の道さえ明かなるよう、風も、病《やまい》も、悪《あし》きをば払わせたまえと、御神《おんかみ》の御前《みまえ》に祈り奉る。
媛神 それは御勝手、私《わたし》も勝手、そんな事は知りません。
神職 これは、はや、恐れながら、御声《おんこえ》、み言葉とも覚えませぬ。不肖|榛貞臣《はしばみさだおみ》、徒《いたず》らに身すぎ、口すぎ、世の活計に、神職は相勤めませぬ。刻苦勉励、学問をも仕《つかまつ》り、新しき神道を相学び、精進潔斎《しょうじんけっさい》、朝夕《あさゆう》の供物《くもつ》に、魂の切火《きりび》打って、御前《みまえ》にかしずき奉る……
媛神 私《わたし》は些《ちっ》とも頼みはしません。こころざしは受けますが
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