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仕丁、その言《ことば》の如くにす。――
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お沢 あの……(ふるえながら差出す手を、払いのけて、仕丁。森に行く。帯を投げるとともに飛返《とびかえ》る。)
神職 何《なん》とした。
仕丁 ずるずるずると巻きましたが、真黒な一幅《ひとはば》になって、のろのろと森の奥へ入《はい》りました。……大方《おおかた》、釘を打込みます古杉の根へ、一念で、巻きついた事でござりましょう。
神職 いずれ、森の中において、忌《いま》わしく、汚らわしき事をいたしおるは必定《ひつじょう》じゃ。さて、婦。……今日《きょう》は昼から籠《こも》ったか。真直《まっすぐ》に言え、御前《おんまえ》じゃぞ。
お沢 はい、(間《ま》)はい、あの、一七日《いちしちにち》の満願まで……この願《ねがい》を掛けますものは、唯|一目《ひとめ》、……一度でも、人の目に掛《かか》りますと、もうそれぎりに、願《ねがい》が叶《かな》わぬと申します。昨夜《ゆうべ》までは、獣《けもの》の影にも逢《あ》いません。もう一夜《ひとよ》、今夜だけ、また不思議に満願の夜《よ》といいますと、人に見られると聞きました。見られたら、どうしましょう。口惜《くちおし》い……その人の、咽喉《のど》、胸へ喰《く》いつきましても……
神職 これだ――したたかな婦《おんな》めが。
お沢 ええ、あのそれが何《なに》になりましょう。昼から森にかくれました方が、何がどうでも、第一、人の目にかかりますまいと、ふと思いついたのです。木の葉を被り、草に突伏《つッぷ》しても、すくまりましても、雉《きじ》、山鳥《やまどり》より、心のひけめで、見つけられそうに思われて、気が気ではありません。かえって、ただの参詣人《さんけいにん》のようにしております方《ほう》が、何《なん》の触《さわ》りもありますまいと、存じたのでございます。
神職 秘《ひ》しがくしに秘め置くべき、この呪詛《のろい》の形代《かたしろ》を(藁人形を示す)言わば軽々《かるがる》しう身につけおったは――別に、恐多《おそれおお》い神木《しんぼく》に打込んだのが、森の中にまだ他《ほか》にもあるからじゃろ。
お沢 いいえ、いいえ……昨夜《ゆうべ》までは、打ったままで置きました。私《わたし》がちょっとでも立離れます間《ま》に――今日はまたどうした事でござ
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