《かなづち》を落し、釘《くぎ》を溢《こぼ》す――釘は?……
禰宜 (掌《たなごころ》を見す)これに。
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神楽の人々、そと集《つど》い覗《のぞ》く。
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神職 即《すなわ》ち神の御心《みこころ》じゃ――その御心を畏み、次第を以て、順に運ばねば相成らん。唯今|布気田《ふげた》も申す――三晩、四晩、続けて、森の中に鉄槌の音を聞いたというが、毎夜、これへ参ったのか、これ、明《あきらか》に申せよ。どうじゃ。
お沢 はい、(言い淀《よど》み、言い淀み)今《こん》……夜《や》……が、満……願……でございました。
神職 (御堂を敬う)ああ、神慮は貴《とうと》い。非願非礼はうけ給《たま》わずとも、俗にも満願と申す、その夕《ゆうべ》に露顕した。明かに邪悪を退け給うたのじゃ。――先刻も見れば、その森から出て参って、小児《こども》たちに何か菓子ようのものを与えたが、何か、いつも日の中《うち》から森の奥に潜みおって、夜ふけを待って呪詛《のろ》うたかな。
お沢 はい……あの……もうおかくしは申しません。お山の下の恐しい、あの谿河《たにがわ》を渡りました。村方《むらかた》に、知るべのものがありまして、其処《そこ》から通いましたのでございます。
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神楽の人々|囁《ささや》き合う。
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禰宜 知っておるかな。
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――「なあ。」「よ。」「うむ。」「あれだ。」口々に――
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後見 何が、お霜婆《しもばあ》さんの、ほれ、駄菓子屋の奥に、ちらちらする、白いものがあっけえ。町での御恩人ぞい。恥しい病《やまい》さあって隠れてござるで、ほっても垣《かき》のぞきなどせまいぞ、と婆さんが言うだでな。
笛の男 癩《かったい》ずらか。
太鼓の男 恥しい病ちゅうで。
おかめの面の男 ほんでも、孕《はら》んだ娘だべか。
禰宜 女子《おなご》が正しい懐妊は恥ではないのじゃ。それでは、毎晩、真夜中に、あの馬も通らぬ一本橋を渡ったじゃなあ。
道化の面の男 女の一念だで一本橋を渡らいでかよ。ここら奥の谿河《たにがわ》だけれど、ずっと川下《かわしも》で、東海道の大井川《
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