》しましたので、黒雲の蔽《おっ》かぶさった、蒸暑い畦《あぜ》を照《てら》し、大手を掉《ふ》って参ります。
嫁入道具に附いて来た、藍貝柄《あおがいえ》の長刀《なぎなた》を、柄払《つかばら》いして、仁右衛門親仁が担ぎました。真中《まんなか》へ、お産婦の釣台を。そのわきへ、喜太郎様が、帽子《シャッポ》かぶりで、蒼《あお》くなって附添った、背後《うしろ》へ持明院の坊様が緋《ひ》の衣じゃ。あとから下男下女どもがぞろぞろと従《つ》きました。取揚婆《とりあげばあ》[#「婆」は底本では「姿」]さんは前《さき》へ早や駆抜けて、黒門のお部屋へ産所の用意。
途中、何とも希有《けう》な通りものでござりまして、あの蛍がまたむらむらと、蠅がなぶるように御病人の寝姿に集《たか》りますと、おなじ煩うても、美しい人の心かして、夢中で、こう小児《こども》のように、手で取っちゃ見さしっけ。
上へ手を上げさっしゃるのも、御容体を聞くにつけ、空をつかんで悶《もだ》えさっしゃるようで、目も当てられぬ。
それでも祟りに負けるなと、言うて、一生懸命、仰向《あおむ》かしった枕をこぼれて、さまで瘠《や》せも見えぬ白い頬へかかる髪
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