》する、手はこの通り血だらけじゃ、と戦《おのの》いたが、行燈に透かすと夜露に曝《さ》れて白けていた。

「我《が》折れ何とも、六十の親仁が天窓《あたま》を下げる。宰八、夜深《よふか》じゃが本宅まで送ってくれ。片時もこの居まわり三町の間に居《お》りたくない、生命《いのち》ばかりはお助けじゃ。」
 と言って、誰にするやら仁右衛門はへたへたとお辞儀をした。
 そこで、表門へ廻った二人は、と皆《みんな》連立って出て見ると、訓導は式台前の敷石の上に、ぺたんと坐っていた。狐饂飩《きつねうどん》の亭主は見えず。……後で知れたがそれは一散に遁《に》げた、と言う。

 何を見て驚いたか、渠等《かれら》は頭《かぶり》を掉《ふ》って語らない。一人は緋《ひ》の袴《はかま》を穿《は》いた官女の、目の黒い、耳の尖《と》がった凄《すさま》じき女房の、薄雲《うすぐもり》の月に袖を重ねて、木戸口に佇《たたず》んだ姿を見たし、一人は朱の面《つら》した大猿にして、尾の九ツに裂けた姿に見た、と誰伝うるとなく、程|経《た》って仄《ほのか》に洩《も》れ聞える。――

       三十八

二人寝には楽だけれども、座敷が広いから
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