月には蒼《あお》き俤立《おもかげだ》とう――ちらほらと松も見えて、いろいろの浪を縅《おど》した、鎧《よろい》の袖を※[#「さんずい+散」、125−12]《しぶき》に翳《かざ》す。
「あれを貴下《あなた》、お通りがかりに、御覧《ごろう》じはなさりませんか。」
 と背向《うしろむ》きになって小腰を屈《かが》め、姥《うば》は七輪の炭をがさがさと火箸《ひばし》で直すと、薬缶《やかん》の尻が合点で、ちゃんと据わる。
「どの道貴下には御用はござりますまいなれど、大崩壊《おおくずれ》の突端《とっぱし》と睨《にら》み合いに、出張っておりますあの巌《いわ》を、」
 と立直って指をさしたが、片手は据え腰を、えいさ、と抱きつつ、
「あれ、あれでござります。」
 波が寄せて、あたかも風鈴が砕けた形に、ばらばらとその巌端《いわばな》に打《うち》かかる。
「あの、岩一枚、子産石《こうみいし》と申しまして、小さなのは細螺《きしゃご》、碁石《ごいし》ぐらい、頃あいの御供餅《おそなえ》ほどのから、大きなのになりますと、一人では持切れませぬようなのまで、こっとり円い、ちっと、平扁味《ひらたみ》のあります石が、どこからとな
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