代って漕《こ》げさ、と滅多押しに、それでも、大崩壊《おおくずれ》の鼻を廻って、出島の中へ漕ぎ入れたでござります。
さあ、内海《うちうみ》の青畳、座敷へ入ったも同《おんな》じじゃ、と心が緩むと、嘉吉|奴《め》が、酒代を渡してくれ、勝負が済むまで内金を受取ろう、と櫓を離した手に銭《おあし》を握ると、懐へでも入れることか、片手に、あか柄杓《びしゃく》を持ったなりで、チョボ一の中へ飛込みましたが。
はて、河童《かっぱ》野郎、身投《みなげ》するより始末の悪さ。こうなっては、お前様、もう浮ぶ瀬はござりませぬ。
取られて取られて、とうとう、のう、御主人へ持って行《ゆ》く、一樽のお代を無《みな》にしました。処で、自棄《やけ》じゃ、賽の目が十《とお》に見えて、わいらの頭が五十ある、浜がぐるぐる廻るわ廻るわ。さあ漕がば漕げ、殺さば殺せ、とまたふんぞった時分には、ものの一斗ぐらい嘉吉一人で飲んだであろ。七人のあたまさえ四斗樽、これがあらかた片附いて、浜へ樽を上げた時、重いつもりで両手をかけて、えい、と腰を切った拍子抜けに、向うへのめって、樽が、ばっちゃん、嘉吉がころり、どんとのめりましたきり、早や死んだも同然。
船はそれまで、ぐるりぐるりと長者園の浦を廻って、ちょうどあの、活動写真の難船見たよう、波風の音もせずに漂うていましたげな。両膚脱《りょうはだぬぎ》の胸毛や、大胡坐《おおあぐら》の脛の毛へ、夕風が颯《さっ》とかかって、悚然《ぞっ》として、皆《みんな》が少し正気づくと、一ツ星も見えまする。大巌《おおいわ》の崖が薄黒く、目の前へ蔽被《おっかぶ》さって、物凄《ものすご》うもなりましたので、褌《ふんどし》を緊《し》め直すやら、膝小僧《ひざっこぞう》を合わせるやら、お船頭が、ほういほうい、と鳥のような懸声で、浜へ船をつけまして、正体のない嘉吉を撲《な》ぐる。と、むっくり起きたが、その酒樽の軽いのに、本性|違《たが》わず気落《きおち》がして、右の、倒れたものでござりますよ。はい。」
七
「仰向様《あおのけざま》に、火のような息を吹いて、身体《からだ》から染出《しみだ》します、酒が砂へ露を打つ。晩方の涼しさにも、蚊や蠅が寄って来る。
奴《やっこ》は、打《ぶ》っても、叩いても、起《おき》ることではござりませぬがの。
かかり合《あい》は免《のが》れぬ、と小力《こぢから》
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