を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》り、目を拭《ぬぐ》いいる客僧に立別れて、やがて静々《しずしず》――狗《いぬ》の顔した腰元が、ばたばたと前《さき》へ立ち、炎燃ゆ、と緋《ひ》のちらめく袖口で音なく開けた――雨戸に鏤《ちりば》む星の首途《かどいで》。十四日の月の有明に、片頬を見せた風采《とりなり》は、薄雲の下に朝顔の莟《つぼみ》の解けた風情して、うしろ髪、打揺《うちゆら》ぎ、一たび蚊帳を振返る。
「やあ、」
と、蚊帳を払って、明が飜然《ひらり》と飛んで縋《すが》った。――
袂を支える旅僧と、押揉《おしも》む二人の目の前《さき》へ、この時ずか、と顕《あら》われた偉人の姿、靄《もや》の中なる林のごとく、黄なる帷子《かたびら》、幕を蔽《おお》うて、廂《ひさし》へかけて仁王立《におうだち》、大音に、
「通るぞう。」
と一喝した。
「はっ、」
と云うと、奇異なのは、宵に宰八が一杯――汲《く》んで来て、――縁の端近《はしぢか》に置いた手桶《ておけ》が、ひょい、と倒斛斗《さかとんぼ》に引《ひっ》くりかえると、ざぶりと水を溢《こぼ》しながら、アノ手でつかつかと歩行《ある》き出した。
その後を水が走って、早や東雲《しののめ》の雲白く、煙のような潦《にわたずみ》、庭の草を流るる中に、月が沈んで舟となり、舳《へさき》を颯《さっ》と乗上げて、白粉《おしろい》の花越しに、すらすらと漕《こ》いで通る。大魔の袖や帆となりけん、美女《たおやめ》は船の几帳《きちょう》にかくれて、
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(ここはどこの細道じゃ、
細道じゃ、
天神様の細道じゃ、
細道じゃ、
少し通して下さんせ……)
[#ここで字下げ終わり]
最切《いとせ》めて懐《なつか》しく聞ゆ、とすれば、樹立《こだち》の茂《しげり》に哄《どっ》と風、木の葉、緑の瀬を早み……横雲が、あの、横雲が。
[#地から1字上げ]明治四十一(一九〇八)年一月
底本:「泉鏡花集成5」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年2月22日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第十一卷」岩波書店
1941(昭和16)年8月15日第1刷発行
※疑問点の確認にあたっては、底本の親本を参照しました。
※「それとも鼠だが」の「だが」は、底本の親本でもママですが、岩波文庫版では「だか」とな
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