ゃつ》の大膚脱《おおはだぬぎ》、赤い団扇《うちわ》を帯にさして、手甲《てっこう》、甲掛《こうがけ》厳重に、荷をかついで続くは亭主。
店から呼んだ姥の声に、女房がちょっと会釈する時、束髪《たばねがみ》の鬢《びん》が戦《そよ》いで、前《さき》を急ぐか、そのまま通る。
前帯をしゃんとした細腰を、廂《ひさし》にぶらさがるようにして、綻《ほころ》びた脇の下から、狂人《きちがい》の嘉吉は、きょろりと一目。
ふらふらと葭簀《よしず》を離れて、早や六七間行過ぎた、女房のあとを、すたすたと跣足《はだし》の砂路《すなみち》。
ほこりを黄色に、ばっと立てて、擦寄って、附着《くッつ》いたが、女房のその洋傘《こうもり》から伸《のし》かかって見越《みこし》入道。
「イヒヒ、イヒヒヒ、」
「これ、悪戯《いたずら》をするでないよ。」
と姥が爪立《つまだ》って窘《たしな》めたのと、笑声が、ほとんど一所に小次郎法師の耳に入った。
あたかもその時、亭主驚いたか高調子に、
「傘や洋傘《こうもり》の繕い!――洋傘《こうもりがさ》張替《はりかえ》繕い直し……」
蝉の鳴く音《ね》を貫いて、誰も通らぬ四辺《あたり》に響いた。
隙《すか》さず、この不気味な和郎を、女房から押隔てて、荷を真中《まんなか》へ振込むと、流眄《しりめ》に一|睨《にら》み、直ぐ、急足《いそぎあし》になるあとから、和郎は、のそのそ――大《おおき》な影を引いて続く。
「御覧《ごろう》じまし、あの通り困ったものでござります。」
法師も言葉なく見送るうち、沖から来るか、途絶えては、ずしりと崖を打つ音が、松風と行違いに、向うの山に三度ばかり浪の調べを通わすほどに、紅白|段々《だんだら》の洋傘《こうもり》は、小さく鞠《まり》のようになって、人の頭《かしら》が入交《いれま》ぜに、空へ突きながら行《ゆ》くかと見えて、一条道《ひとすじみち》のそこまでは一軒の苫屋《とまや》もない、彼方《かなた》大崩壊の腰を、点々《ぽつぽつ》。
五
「あれ、あの大崩壊《おおくずれ》の崖の前途《むこう》へ、皆が見えなくなりました。
ちょうど、あれを出ました、下の浜でござります。唯今《ただいま》の狂人《きちがい》が、酒に酔って打倒《ぶったお》れておりましたのは……はい、あれは嘉吉と申しまして、私等《わしら》秋谷在の、いけずな野郎でござりましての。
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