ある中に、呼声の仰々しきが二ツありけり、曰く牡丹咲の蛇の目菊、曰くシヽデンキウモン也《なり》。愚弟|直《たゞち》に聞き惚《と》れて、賢兄《にいさん》お買《か》ひな/\と言ふ、こゝに牡丹咲の蛇の目菊なるものは所謂《いはゆる》蝦夷菊《えぞぎく》也。これは……九代の後胤《こういん》平の、……と平家の豪傑が名乗れる如く、のの字二ツ附けたるは、売物に花の他ならず。シヽデンキウモンに至りては、其《そ》の何等《なんら》の物なるやを知るべからず、苗売に聞けば類なきしをらしき花ぞといふ、蝦夷菊はおもしろし、其の花しをらしといふに似ず、厳《いかめ》しくシヽデンキウモンと呼ぶを嘲けるにあらねど、此《こ》の二種、一歩の外、別に五銭なるを如何《いかん》せん。
 然《しか》れども甚六なるもの、豈夫《あにそれ》白銅一片に辟易して可ならんや。即《すなは》ち然り気なく、諭して曰く、汝《なんぢ》若輩、シヽデンキウモンに私淑したりや、金毛九尾ぢやあるまいしと、二階に遁《に》げ上らんとする袂を捕へて、可いぢやないかお買ひよ、一ツ咲いたつて花ぢやないか。旦那だまされたと思し召してと、苗売も勧めて止まず、僕が植ゑるからと女形も頻
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング