》にあらざるを以《もつ》て、頬被《ほゝかぶり》、懐手《ふところで》、湯上りの肩に置手拭《おきてぬぐひ》などの如何《いかゞ》はしき姿を認めず、華主《とくい》まはりの豆府屋、八百屋、魚屋、油屋の出入《しゆつにふ》するのみ。
朝まだきは納豆売、近所の小学に通ふ幼きが、近路《ちかみち》なれば五ツ六ツ袂《たもと》を連ねて通る。お花やお花、撫子《なでしこ》の花や矢車の花売、月の朔日《ついたち》十五日には二人三人呼び以《も》て行くなり。やがて足駄《あしだ》の歯入《はいれ》、鋏磨《はさみとぎ》、紅梅の井戸端に砥石《といし》を据ゑ、木槿《むくげ》の垣根に天秤《てんびん》を下ろす。目黒の筍売《たけのこうり》、雨の日に蓑《みの》着て若柳の台所を覗くも床《ゆか》しや。物干の竹二日月に光りて、蝙蝠《かうもり》のちらと見えたる夏もはじめつ方、一夕《あるゆふべ》、出窓の外を美しき声して売り行くものあり、苗や玉苗、胡瓜の苗や茄子の苗と、其の声|恰《あたか》も大川の朧に流るゝ今戸あたりの二上《にあが》りの調子に似たり。一寸《ちよつと》苗屋さんと、窓から呼べば引返《ひつかへ》すを、小さき木戸を開けて庭に通せば、潜《くゞ
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