し》の其《そ》の柳《やなぎ》の根《ね》に薄墨色《うすずみいろ》に立《た》つて居《ゐ》る……或《あるひ》は又《また》……此處《こゝ》の土袋《どぶつ》と同一《おなじ》やうな男《をとこ》が、其處《そこ》へも出《で》て來《き》て、白身《はくしん》の婦人《をんな》を見《み》て居《ゐ》るのかも知《し》れません。
 私《わたし》も其《そ》の一人《ひとり》でせうね……
(や、待《ま》てい。)
 青膨《あをぶく》れが、痰《たん》の搦《から》んだ、ぶやけた聲《こゑ》して、早《は》や行掛《ゆきかゝ》つた私《わたし》を留《と》めた……
(見《み》て貰《もれ》えたいものがあるで、最《も》う直《ぢき》ぢやぞ。)と、首《くび》をぐたりと遣《や》りながら、横柄《わうへい》に言《い》ふ。……何《なん》と、其《そ》の兩足《りやうあし》から、下腹《したばら》へ掛《か》けて、棕櫚《しゆろ》の毛《け》の蚤《のみ》が、うよ/\ぞろ/\……赤蟻《あかあり》の列《れつ》を造《つく》つてる……私《わたし》は立窘《たちすく》みました。
 ひら/\、と夕空《ゆふぞら》の雲《くも》を泳《およ》ぐやうに柳《やなぎ》の根《ね》から舞上《まひあが》つた、あゝ、其《それ》は五位鷺《ごゐさぎ》です。中島《なかじま》の上《うへ》へ舞上《まひあが》つた、と見《み》ると輪《わ》を掛《か》けて颯《さつ》と落《おと》した。
(ひい。)と引《ひ》く婦《をんな》の聲《こゑ》。鷺《さぎ》は舞上《まひあが》りました。翼《つばさ》の風《かぜ》に、卯《う》の花《はな》のさら/\と亂《みだ》るゝのが、婦《をんな》が手足《てあし》を畝《うね》らして、身《み》を※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》くに宛然《さながら》である。
 今《いま》考《かんが》へると、それが矢張《やつぱ》り、あの先刻《さつき》の樹《き》だつたかも知《し》れません。同《おな》じ薫《かをり》が風《かぜ》のやうに吹亂《ふきみだ》れた花《はな》の中《なか》へ、雪《ゆき》の姿《すがた》が素直《まつすぐ》に立《た》つた。が、滑《なめら》かな胸《むね》の衝《つ》と張《は》る乳《ちゝ》の下《した》に、星《ほし》の血《ち》なるが如《ごと》き一雫《ひとしづく》の鮮紅《からくれなゐ》。絲《いと》を亂《みだ》して、卯《う》の花《はな》が眞赤《まつか》に散《ち》る、と其《そ》の淡紅《うすべに》
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