どの枝《えだ》を透《す》かして靡《なび》きました。
 私《わたし》の居《ゐ》た、草《くさ》にも、しつとりと其《そ》の靄《もや》が這《は》ふやうでしたが、袖《そで》には掛《かゝ》らず、肩《かた》にも卷《ま》かず、目《め》なんぞは水晶《すゐしやう》を透《とほ》して見《み》るやうに透明《とうめい》で。詰《つま》り、上下《うへした》が白《しろ》く曇《くも》つて、五六|尺《しやく》水《みづ》の上《うへ》が、却《かへ》つて透通《すきとほ》る程《ほど》なので……
 あゝ、あの柳《やなぎ》に、美《うつくし》い虹《にじ》が渡《わた》る、と見《み》ると、薄靄《うすもや》に、中《なか》が分《わか》れて、三《みつ》つに切《き》れて、友染《いうぜん》に、鹿《か》の子《こ》絞《しぼり》の菖蒲《あやめ》を被《か》けた、派手《はで》に涼《すゞ》しい裝《よそほひ》の婦《をんな》が三|人《にん》。
 白《しろ》い手《て》が、ちら/\と動《うご》いた、と思《おも》ふと、鉛《なまり》を曳《ひ》いた絲《いと》が三條《みすぢ》、三處《みところ》へ棹《さを》が下《お》りた。
(あゝ、鯉《こひ》が居《ゐ》る……)
 一|尺《しやく》、金鱗《きんりん》を重《おも》く輝《かゞや》かして、水《みづ》の上《うへ》へ飜然《ひらり》と飛《と》ぶ。」

        三

「それよりも、見事《みごと》なのは、釣竿《つりざを》の上下《あげおろし》に、縺《もつ》るゝ袂《たもと》、飜《ひるがへ》る袖《そで》で、翡翠《かはせみ》が六《むつ》つ、十二の翼《つばさ》を飜《ひるがへ》すやうなんです。
 唯《と》、其《そ》の白《しろ》い手《て》も見《み》える、莞爾《につこり》笑《わら》ふ面影《おもかげ》さへ、俯向《うつむ》くのも、仰《あふ》ぐのも、手《て》に手《て》を重《かさ》ねるのも其《そ》の微笑《ほゝゑ》む時《とき》、一人《ひとり》の肩《かた》をたゝくのも……莟《つぼみ》がひら/\開《ひら》くやうに見《み》えながら、厚《あつ》い硝子窓《がらすまど》を隔《へだ》てたやうに、まるつ切《きり》、聲《こゑ》が……否《いや》、四邊《あたり》は寂然《ひつそり》して、ものの音《おと》も聞《きこ》えない。
 向《むか》つて左《ひだり》の端《はし》に居《ゐ》た、中《なか》でも小柄《こがら》なのが下《おろ》して居《ゐ》る、棹《さを》が滿月《まんげつ》の如《
前へ 次へ
全19ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング