なん》ともない。」
 婦《をんな》が、あ、とも言《い》はず、声《こゑ》の無《な》いのを、過失《あやまち》はせぬ事《こと》、と頷《うなづ》いて、さあ、起《た》たうとすると些《ちつ》とも動《うご》かぬ。
「起《た》たないか、こんな処《ところ》に長居《ながゐ》は無益《むえき》だ。何《ど》うした。」
と密《そつ》と揺《ゆす》ぶる、手《て》に従《したが》つて揺《ゆす》ぶれるのが、死《し》んだ魚《うを》の鰭《ひれ》を摘《つま》んで、水《みづ》を動《うご》かすと同《おな》じ工合《ぐあひ》で、此方《こちら》が留《や》めれば静《じつ》と成《な》つて、浮《う》きも沈《しづ》みもしない風《ふう》。
 はじめて驚《おどろ》いた色《いろ》して、
「何《ど》うかしたか、お浦《うら》。はてな、今《いま》転《ころ》んだつて、下《した》へは落《おと》さん、、怪我《けが》も過失《あやまち》も為《し》さうぢやない。何《なん》だか正体《しやうたい》がないやうだ。矢張《やつぱ》り一時《いちじ》に疲労《つかれ》が出《で》たのか。あゝ、然《さ》う言《い》へば前刻《さつき》から人《ひと》にばかりものを言《い》はせる。確乎《しつかり》
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